大判例

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高松高等裁判所 平成3年(ネ)285号 判決 1992年6月29日

控訴人

阿南電工株式会社

右代表者代表取締役

大栗克之

右訴訟代理人弁護士

浅田隆幸

被控訴人

清野睦雄

被控訴人

清野恵美子

右両名訴訟代理人弁護人

島田清

主文

一  原判決主文第二項を取り消す。

二  被控訴人らの右取消しに係る部分の請求を棄却する。

三  控訴人のその余の控訴を棄却する。

四  訴訟費用のうち、被控訴人清野睦雄と控訴人との間に生じた分は、第一、二審を通じこれを三分し、その二を被控訴人清野睦雄の、その一を控訴人の各負担とし、控訴人と被控訴人清野恵美子との間に生じた分は第一、二審を通じ、被控訴人清野恵美子の負担とする。

五  原判決主文第三項中「原告清野陸雄」とあるのを「原告清野睦雄」と更正する。

事実

一  控訴代理人は、「原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、被控訴人ら代理人において「控訴人阿南電工株式会社(以下「控訴会社」という。)の被控訴人清野睦雄(以下「被控訴人睦雄」という。)に対する給与の支払は、前月二六日から当月二五日までを一箇月分とし、これを当月二五日に支払うという方法で行われていた。被控訴人睦雄が本訴により請求する未払賃金は、昭和六一年六月ないし九月の各二五日に支払われるべき賃金であって別訴請求分と抵触しない。」と述べ、控訴代理人において「右主張事実を認める。」と述べたほか、原判決「事実及び理由」欄の「第二事案の概要」記載(ただし、原判決三丁表九行目から一〇行目の「それぞれ原告睦雄と同数の株」を「それぞれ九七九一株」と改める。)のとおりであり、証拠の関係は、原審及び当審記録中の各書証目録並びに原審記録中の証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一被控訴人らの控訴会社に対する請求に係る原判決主文第一項については、被控訴人らから不服の申立てがないので当審では判断しない。

二株主総会決議取消し請求について

被控訴人らは、控訴会社の昭和六一年七月一〇日開催の臨時株主総会(以下「本件総会」という。)は、招集についての取締役会の決議もなく、また、各株主に対し会議の目的を記載した文書による招集通知もなされていないから、その手続に瑕疵があるので、本件総会でなされた本件決議は取り消されるべきであると主張するので、まず、この点につき判断する。

被控訴人らは、いずれも控訴会社の株主であり、本件総会当時、控訴会社の発行済株式総数三万二〇〇〇株のうち被控訴人睦雄は九七九二株を、被控訴人清野恵美子(以下「被控訴人恵美子」という。)は六六株を保有していたこと、被控訴人睦雄は昭和五五年一二月二八日控訴会社の取締役に就任し、その任期満了後も新取締役が選任されることなく、そのままその職務を執行していたこと、控訴会社は、昭和六一年七月一〇日昼過ぎころ、大栗克之、上村知範、遠藤利和及び被控訴人睦雄の出席で臨時株主総会を開催し、任期満了により退任した役員の後任として取締役に大栗克之、上村知範、遠藤利和の三名を、監査役に上村治代を選任する旨の決議をしたことは、当事者間に争いがない。

<書証番号略>、原審証人上村知範、原審における被控訴人睦雄及び控訴会社代表者本人尋問の各結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  控訴会社は、電気工事の設計及び施工、電気機器の販売等を目的とする株式会社であり、昭和四四年九月、それまで大栗克之、上村知範、清原鋭一及び被控訴人睦雄が共同経営していた「阿南電工」を法人化して設立した(同月二〇日設立登記)もので、設立当初の資本金は一〇〇万円であり、役員として、大栗克之が代表取締役に、上村知範が専務取締役に、被控訴人睦雄が常務取締役に、上村治代が監査役にそれぞれ就任した。

2  控訴会社は、その後数次にわたる増資をして、昭和六一年当時の資本金は一六〇〇万円となり、その発行済株式総数は三万二〇〇〇株で、被控訴人睦雄が九七九二株、大栗克之及び上村知範が共に九七九一株、遠藤利和が二四二六株、上村治代が六七株、被控訴人恵美子及び大栗邦子が各六六株、大栗梅子が一株をそれぞれ保有していた。

3  右株主は、主として前記役員とその家族ら(妻子)であり、会社設立後、法律及び定款(控訴会社定款二三条一項によると、「取締役会は、代表取締役社長がこれを招集するものとし、その通知は、各取締役に対し会日の三日前に発するものとする。」旨定められている。)に定める手続を踏んだ取締役会や株主総会が開催されたことは全くなく、会社経営の重要事項の決定は、その都度前記大栗、上村及び被控訴人睦雄の三名の協議でなされていた。

4  ところで、控訴会社の経営は、昭和五五年ころまでは順調に推移していたが、同年以降次第に業績が悪化し、これに伴い、前記三名の共有土地(阿南市宝田町平岡八九九番三四、雑種地、一〇三九平方メートル)等を担保にして営業資金の借入を繰り返すようになった。

5  昭和六一年になり、資金の借入等の会社の経理処理をめぐって、被控訴人睦雄と大栗克之とが対立し、同年四月には大栗克之の経理処理に信頼が置けないとして被控訴人睦雄が控訴会社の共同経営から離脱する意向を示すに至った。大栗克之や上村知範は慰留に努めていたが、被控訴人睦雄は、同年六月三〇日、前記共有土地に設定していた根抵当権につき、抵当権者阿波銀行に対し、元本額の確定を請求したことを契機に、大栗克之と被控訴人睦雄との対立は決定的となり、前記三名の協議による控訴会社の経営は全く機能しなくなった。

6  そこで、大栗克之は、同年七月一〇日、控訴会社会議室に被控訴人睦雄、上村知範及び株主である遠藤利和を招集し、その席で、被控訴人睦雄に対し同人が前記の根抵当権の元本確定請求をしたことを非難し、会社に対し非協力的態度を取るのなら会社を辞めるようにと迫り、他の出席者に対して被控訴人睦雄を取締役の地位から解任したい旨の提案をした。被控訴人睦雄は、右提案に反対したが、大栗克之、上村知範及び遠藤利和は、被控訴人睦雄の取締役としての任期は昭和五七年一〇月三一日で満了しているとして、新取締役に大栗克之、上村知範、遠藤利和を、監査役に上村治代を選任する旨の決議をした。そして、そのころ、右決議の内容を記載した臨時株主総会議事録(<書証番号略>)が作成され、被控訴人睦雄も出席取締役としてこれに押印した(なお、遠藤利和は総会に出席していたが、議事録には出席者として記載されていない。)。しかし、被控訴人睦雄は、その翌日、右議事録を会社から持ち出し、控訴会社からの再三の返還要求に応じなかった。そのため、大栗克之は、再度前同日付けの株主総会議事録を作成(<書証番号略>)して、前記決議どおりの役員就任の登記をした。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三右認定事実によると、本件総会は、法律及び定款に従って株主総会招集のための取締役会が開かれ、その決議により代表取締役が各株主に対し会議の目的たる事項を記載した書面により招集通知を発した上で開かれたものでないことが認められるから、その限りでは、本件株主総会招集手続は、商法二三一条、二三二条一項、二項の手続要件を満たしていないものといわざるを得ない。

しかしながら、本件総会に出席した株主である被控訴人睦雄、大栗克之、上村知範及び遠藤利和の保有株式の合計は三万一八〇〇株であって、発行済株式の約99.38パーセントにあたること、他方招集されなかった株主は被控訴人恵美子(持株数六六株)、大栗梅子(同一株)、大栗邦子(同六六株)及び上村治代(同六七株)の四名であって、その持株数の合計は二〇〇株、発行済株式数の0.62パーセントにすぎず、しかも右の者のうち被控訴人恵美子は被控訴人睦雄の、大栗梅子及び邦子は大栗克之の、上村治代は上村知範の各親族(妻子)であるから、招集通知を受けなかったことにより右株主らの利益が損われたとは認められないこと、仮に本件総会が法定の手続を経て招集された場合には、被控訴人睦雄が本件総会で行使しなかった累積投票請求権を行使するとはにわかに断じ難く、したがって、法定の招集手続を経ておれば決議の内容が変っていたとはいい難いこと、しかも、控訴会社においては、設立以来法律及び定款に従った招集手続を経て取締役会や株主総会が開催されたことはなく、会社の意思決定はすべて大栗克之、上村知範及び被控訴人睦雄の三名の協議で行われ、これに対し、被控訴人睦雄をはじめ前記役員はもとより、他の株主が異議を述べ、法律及び定款に従った招集手続を踏むべき旨を要求したことはなく、加えて、被控訴人睦雄は、同年四月ころから大栗克之と対立し、自ら控訴会社の経営から手を引く意向を示していたもので、本件決議に際し、反対の意思を表明したものの、結局は本件決議内容を記載した総会議事録に出席取締役として押印したことの事実関係に照らすと、前記招集手続に関する瑕疵は、本件決議を取り消さなければならないほどの重大な瑕疵とは認められず、かつ、本件決議の結果に影響を及ぼすものとも認められない。

そうすると、総会招集手続の瑕疵を理由として本件決議の取消しを求める被控訴人らの請求は理由がない。

四控訴人睦雄の未払賃金の請求について

控訴会社は、被控訴人睦雄に対し、従業員として月額二五万円の賃金を支給していたこと、その支給日は毎月二五日であったこと、昭和六一年六月分(同年五月二六日から同年六月二五日までの期間)の賃金のうち四万一五〇〇円が未払であること、及び、同年七月以降九月分(同年六月二六日から同年九月二五日までの期間分)までの賃金の支払をしていないことは当事者間に争いがない。

ところで、前認定のとおり被控訴人睦雄は、昭和六一年七月一〇日に取締役を退任した(退任の登記は同月一五日)のであるが、<書証番号略>及び原審における被控訴人睦雄本人尋問の結果によれば、被控訴人睦雄は同年六月から同年九月末ころまでの間出社して就労していたことが認められる。

そうすると、被控訴人睦雄は、取締役の地位の喪失とは無関係に現実に稼働した前記期間の賃金の支払請求権を有するものというべきである。

五してみれば、本件決議の取消しを求める被控訴人らの請求は失当として棄却されるべきであり、昭和六一年六月分賃金のうちの未払分四万一五〇〇円及び同年七月分から九月分までの未払賃金六五万〇七九〇円(一箇月二五万円から所得税等を控除した二一万六九三〇円の三箇月分)、合計六九万二二九〇円と前記各月分の賃金に対する各支払期日より後である各翌月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人睦雄の請求は正当として認容すべきである。

よって、原判決中、被控訴人らの本件決議の取消請求を認容した部分は不当であるからこれを取り消し、右請求を棄却し、被控訴人睦雄の賃金請求を認容した部分は相当であるから、この部分についての控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条本文を各適用し、なお、原判決主文第三項の「原告清野陸雄」は「原告清野睦雄」の誤記であることが明らかであるから、そのように更正することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安國種彦 裁判官田中観一郎 裁判官井上郁夫)

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